ご案内
クライバーがウィーンーフィルハーモニーを指揮する定期演奏仝が開かれるのは、あのニューイヤーコンサートでおなじみの「ムジークフェラインザール」で、ホテル「インペリアル」の隣に建っている。
「インペリアル」に泊まって「ムジークフェライン」へききに出かけるというのはこの上なく便利だが、今回は、ウィーン国立歌劇場の真裏にあるホテル「ザッハ」に宿をとった。
このザッハからも、「ムジークフェライン」まで歩いて五、六分という近さである。
十五日のコンサートは、午後三時半からはじまる。
前日フランスのリヨンにいたわたしは、早朝の一便でパリヘ戻り、飛行機を乗りついでウィーンへ飛んだ。
「ザッハ」ヘチェックインしたのは、午後一時半頃だったろうか。
ロビーにはすでにわたしの到着を待っていてくれた仲間三人がいて出迎えてくれたのだが、ここでアクシデントが起こった。
東京の知人を通じて頼んであったチケットがとれていない、というのだ。
三人はすぐに「ムジークフェライン」へ出かけて切符を捜すといい、わたしもシャワーも浴びずに着替えだけして急いで後を追った。
コンサートホールのまえには、もう何人もの人が「SUCHEKARTE」と書いた紙を胸のまえに出して、キャンセルになったチケットを捜している。
「Yさんも一緒にお願いします」フランクフルトからやってきた仲間のひとりが、紙をわたしに差し出しながらそういった。
「これは何と読むの?」「ズーヘカルテって読みます。
ズーヘは英語でいえばサーチ、つまり、日本語でチケット求むってやつです」東京だったらとても恥ずかしくてやってられないが、クライバーとなればそんなことはいっていられない。
開演三十分まえ近くなると「ムジークフェライン」のまえの広場に人が集まりはじめた。
ところが、キャンセルになったチケットを譲りにやってくる人がほとんどいない。
運よく手にした人は、満面に笑みを浮かべてホールへ入ってゆく。
開演十分まえになっても、まだ手に入らない。
焦っても仕方ないと自分に言いきかせつつ、辛抱強く粘って立っていると、背の高い男性がつかつかと寄ってきて一枚の切符を差し出した。
やった!・二階のバルコンの席で、五百六十シリング、日本円で五千六百円、それをプレミアなしで買って、階段を駆け上がっていった。
曲目は、モーツァルトの交響曲第三十三番とR・シュトラウスの「英雄の生涯」。
一曲目のモーツァルトは、胸の動悸がおさまるのに時間がかかり平常心できけなかったが、「英雄の生涯」は心に深くしみこむ演奏で、演奏者と聴衆の幸福感がホールを満たした感じだった。
わたしにチケットを譲ってくれた人が隣できいていて、演奏終了後、思わず顔を見合わせた。
わたしが「ダンケジェーン」といって手を差し出すと、ニコッと笑って握手した。
ヲノサートが終ったのが午後五時、今晩は七時から「ウィーン国立歌劇場」でバルツァのうたう「カルメン」をきく。
こんなとき、「ザッハ」は本当にありかたい。
ホテルへ戻ってシャワーを浴び、一息ついて六時すぎに「ザッハ」のコーヒーショ。
プヘ降りていった。
ここでお菓子とコーヒーをとって出かけるとちょうどいい。
「ザッハ」といえば、チョコレート。
ザッパートルテカと呼ばれるチョコレートがなにより有名だが、いかんせんチョコレートの香りを抑えてしまうほどに甘い。
そこで、わたしが選ぶのは、アプフェルシュトレーデル、りんごのパイである。
甘く煮たりんごをパートで包みこんで焼き上げてある。
コーヒーは、ウィーンならではのアインシュペンナー、クリームを添えたコーヒーである。
ここで開演十分まえまで時間をつぶしていても十分に間に合うのだから、オペラ見物には格好の場所である。
アフター・コンサートとなると、「ザッハ」同様、「ウィーン国立歌劇場」の隣に建つ「V」が、オペラ帰りの客たちを当てこんでレストランを開いているが、「ザッハ」にはアフター・コンサート用のレストランはない。
オペラを見たあといつもならすぐに寝てしまうことなどないのだが、この日ばかりはさすがに疲れ、ホテルの玄関に沿って張り出ているテラスでビールをI杯のんだだけで部屋へ引き上げた。
ドイツーオーストリア系のホテルは、総じてどこも清潔だが、なかでもこの「ザッハ」は極めて清潔な一軒といってよい。
清掃がよく行き届いていることは当然だが、リネン類の質がとてもよく、清潔この上もない。
肌ざわりの心地よいシーツにくるまれて、堅めのベッドに横たわると、いかなるときでも安眠できるのだ。
掛けぶとんは羽毛ふとんで軽く、しかも、夏は爽やか冬は温かい。
客室は清楚といってもよいほど簡素だが、居心地は華美でない分さらに快適である。
ホテル「ザッハ」は、また、絵のコレクションでも有名で、各階の廊下に所狭しと古典の絵画が飾られている。
アンティークの家具類も見事なものが揃っている。
わたしは、ウィーンのホテルはこの「ザッハ」に「インペリアル」それに「B」くらいしか知らないが、豪華な「インペリアル」より渋めの「ザッハ」のほうが好みである。
十六日の日曜日、クライバーが再び指揮台に上がってウィーンーフィルを振るのが午前十一時、そしてこの晩には、クラウディオーアバド指揮のベルリンーフィルハーモニーの演奏会が夜七時から開かれる。
一日のうちにウィーンーフィルとベルリンーフィルの世界の二大オーケストラをきくわけだが、「ムジークフェライン」の長い歴史でもこんなことはなかったという。
二度目のモーツァルトは、切符がすでにある余裕から存分に堪能した。
「英雄の生涯」はいうまでもない。
それにくらべると、夜のベルリンーフィルは、ひと言でいうと音の洪水、ブラームスの“一番”は鳴りに鳴ったが、しかし、心にはまったく響かないものだった。
そんな贅沢なことがいえるのも、ウィーンならではである。
十七日の月曜日、昼は音楽をひと休みして、ウィーン随一と評判が高い「シュタイラーエック」へ出かけた。
今回が二度目で、前回と同じ季節、アスパラガスがおいしかったことを思い出し、それを期待してテーブルについた。
山ほどにあるアスパラガスのメニューから、アスパラガスと海老のサラダを前菜に選び、主菜にはウィンナーシュニッツェルをとってみた。
ワインは、ソムリエが選んでくれたソーヴィニョンーブランの胆年。
前菜のサラダは真っ白い皿に盛られて運ばれてきた。
葉類のサラダが敷かれた上に、アスパラガスと海老が抱き合っている。
アスパラガスは香りよく、海老は甘く、そこに軽めのドレッシングが爽やかにからんで、とてもおいしい。
ウィンナーシュニッツェルは、カツレツの元祖ともいうべき料理で、仔牛の柔らかな肉をたたいてのばし、衣をつけて焼き上げてある。
衣は香ばしく、仔牛は優しい味で、見た目のボリュームほど重くない。
この料理、そういえば、「ザッハ」で食べたときもおいしかった。
食事中の話題は、当然、音楽である。
その晩、ワーグナーのオペラ「神々の黄昏」へ出かけるか、アルバン・ベルクの弦楽四重奏をきくか、という話になり、わたしは「SUCIIIEKARTE」を再びする覚悟で、アルバンーペルクのコンサートを選んだ。
なんとも贅沢な音楽三昧の日々である。
バルセロナ「グランーデルビー」とレストラン「アスレート」オリンピックを目前に控えたバルセロナは、前年とは比べものにならないほどの熱気だった。
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